ガリレオX

3.11から5年 大津波からの復興はいま

BSフジ
本放送:03月06日(日)夜07:06~12:00
再放送:03月13日(日)昼11:30~12:00

2011年3月11日に起きた東日本大震災から5年。復興から新生に向けて前進する大津波の被災地の中で、その土地に根ざした特徴的なまちづくりをおこなっているのが宮城県石巻市と女川町である。いま、津波の被災地は復興のどのような段階にあり、またどんな取り組みを続けているのか? 2つの街に赴き、人々に話を聞いた。

記憶の風化を防ぐために
震災当時の記憶は様々な形で保存されている。石巻市では、その残された記憶を将来世代に伝えていくための活動がおこなわれている。その一つが「震災の語り部」である。タブレット型コンピューター当時の記録を紹介しながら、あの時に被災した市内のあちらこちらを歩き、過去を追体験し、現在を見つめ、そして未来図をイメージさせるためのツアーだ。ARアプリを用いて、例えばその場所の震災時の被害状況と、目の前の復旧された光景を重ねて見比べることができるようになっていたり、その場所で起きた出来事の証言記録を実際に聞いたりすることも可能だ。こういった活動の背景には、復興が進むにつれて被災の痕跡が消えていき、記憶が風化してしまうのではないかという危惧がある。

進められる防潮堤建設の街
石巻市は、津波によって3000名以上の死者・行方不明者を出し、最大の被害を受けた地域である。その教訓から、今後の津波災害を防ぐために市の海岸全域をカバーする巨大な防潮堤や、海に近い河川に沿って堤防の建設が進められるなど、造成工事によって石巻市の風景は大きく変わりつつある。また防潮堤だけでなく、海の近くを通る道路に特別な工夫をすることでも津波に備えようとしている。

石ノ森萬画館と魚市場
変わるのは、防災インフラに限ったことではない。文化や産業の面においても新たな街づくりが進められている。宮城県出身の漫画家である石ノ森章太郎の作品世界を展示する石ノ森萬画館は、被災から復旧・再開し、マンガのキャラクターの力によって、人々に希望と勇気を与え続けている。震災前は全国第3位の水揚げ量を誇っていた石巻魚市場も再建を終え、全面操業を開始した。一時は激減した水揚げ量も、2015年には震災前の9割にまで回復。そして、水産業者たちは単なる「復旧」にとどまらない次のビジョン、石巻を「国際水産都市」に新生させることを目指している。

防潮堤を選ばなかった海の街
石巻市とは異なるスタンスで街づくりを進めている自治体が、同じ宮城県の女川町である。女川町は、震災前の人口およそ1万人のうち、約1割にもあたる800名以上の死者・行方不明者の被害がでた。そういった被害が出たにもかかわらず、海には防潮堤が見当たらない。住民ら自らの意志によって防潮堤を築かずに町を再建することを選択し、行政と一丸になって復興を進めている。それでは女川町では津波に対してどのような対策が施されているのか。

水産業復興のシンボルとしてのマスカーと女川が目指すコンパクトシティ
壊滅的な被害を受けた女川町でいち早く再建されたのは、水産物を冷蔵・冷凍する保存施設「マスカー」であった。中東の国カタールからの資金援助を受けて再建されたために、カタールの伝統漁法である「MASKAR」を日本語読みした「マスカー」と命名され、女川町の復興のシンボルとなっている。そこには津波を凌ぐための斬新な工夫がなされている。
もう一つの女川の特徴は、若者が音頭をとって先進的なコンパクトシティを作ろうとしている点である。もともと商業がそれほど盛んな地域ではなかった女川だが、新生された女川駅の前からは、海まで連なるプロムナードが建設され、そこでは飲食店やショップに限らず新たな雇用を生み出すような店舗なども取り入れた街づくりが進められている。


主な取材先
青山貴博さん(女川町商工会)
石森洋悦さん(女川魚市場買受人協同組合)
我妻賢一さん(宮城県女川町 復興推進課)
鈴木敬幸さん(女川町観光協会)
須能邦雄さん(石巻魚市場)
近江恵一さん(宮城県石巻市復興事業部)
本郷由華さん(石ノ森萬画館)
佐藤茂久さん(みらいサポート石巻)

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